ハイロック(HIROCK)
アートディレクター・デザイナー
群馬県前橋市。かつて北関東屈指の商業都市として栄え、いまアートや建築、デザインを起点に新たな息吹がめぶくこの街に、世界的カルチャーの最前線を駆け抜けてきた一人のクリエイターの拠点がある。
アートディレクター/デザイナー・ハイロック。アパレルブランド『A BATHING APE®』のグラフィックデザインをはじめ、数々のプロダクトやメディアを手がけてきた彼が、なぜいま生まれ故郷である前橋で制作に向き合い、日常を面白がり続けているのか。
幼少期の原風景から、師・NIGO®氏から受け継いだ美学、クライアントワークにおける「合気道」の思想、前橋にオフィスにてたっぷりと語ってもらった。
東京と前橋の境界線をなくす、小さなNokiaのポーチ
前橋市街地。街の景色を一望できる開放的なオフィスで、ハイロックさんが手にしていたのは使い込まれた小さなポーチだった。
“基本的には会社に着いたらジャラジャラって外して、MacBookとiPhoneだけで動いちゃうんですけどね。いま気に入っているのは、この昔のNokiaの携帯電話の形をしたポーチ。
iPhone前夜にすごく売れたガラケーなんだけど、今見ると逆にちょっとダサくていいなと思って使っています”


味のある写真が撮れるデジカメ、常に携帯しているメジャー、そして自宅などで集中スイッチを入れるためのノイズキャンセリングヘッドホン。東京と前橋を行き来する生活の中で、持ち物やマインドに変化はあるのだろうか。
“東京だからこれを持つ、前橋だからこうする、みたいな変化は全くないですね。どこへ行っても同じ。はっきりと役割を分けているとすれば、東京は打ち合わせで、前橋は制作。
お客さんの大半は東京にいらっしゃるので、自分が足を運んで定例のミーティングをする。前橋のこの場所は、集中して手を動かし、クリエイティブを生み出すための大切なアトリエなんです”

「身の丈以上の企て」と、
「びっくりさせたい」から始まった審美眼
ハイロックさんのモノへの深い愛着とデザインへの視点は、生まれ育った前橋市で培われた。小学生時代を振り返ると、すでに現在のプロデューサー的な片鱗が顔を覗かせていたという。
“ガキ大将ではなかったけれど、遊びや催し物を考えてみんなを巻き込むのが好きな子どもでした。休みの日にサイクリングロードを使って「赤城山まで自転車で行こうぜ」と企てたり、自分で紙芝居を作って友達の前で発表したり。
身の丈よりも少しレベルの高いことを自分たちの手で仕掛けたかったんです。年上の兄貴分がいなかったから、同級生同士で面白がるためには自分で企画するしかなかったんですよね”
年齢を重ねるにつれ、思春期特有の仲間を「びっくりさせたい」という衝動が芽生える。足の速さやユーモアで競い合う同級生たちの中で、ハイロックさんが選んだのは「かっこいい、珍しいモノを持つ」という独自の土俵だった。
“ファッションはもちろん、文房具やお弁当箱、部屋に置くライトひとつまで、とにかく「自分が選びぬいたモノ」にこだわっていました。当時はネットなんてないから、情報源は『POPEYE』や『Hot-Dog PRESS』などの雑誌。
そして所ジョージさんがテレビや雑誌で見せてくれるアメリカカルチャーでしたね。あの世界観こそが、自分の感性の揺るぎないプラットフォームになっています”
金土日のみ開かれるchopstixにはハイロックさん本人が仕入れた商品がら並んでいる。



調理場から古着屋、そしてMacintoshへ。
「ライフスタイルの追求」という一本の軸
実家が喫茶店を営んでいたことから、高校卒業後は高崎の調理師専門学校へ進学。しかし、働く中で感じた違和感を語ってくれた。
“毎日同じルーティンを正確に繰り返す料理人の世界と、自分のキャラクターとの間にギャップを感じてしまって。挫折というよりは、「毎日違う発見がある仕事を選ぼう」と前向きに方向転換しました。
そこですぐデザイナーになったわけではなく、まずはアメリカが好きだったから広瀬川の端っこでアメリカ古着屋を始めたんです”

やがて20歳手前でMacintoshと出会い、グラフィックデザインの世界へ。デザイナー歴はおよそ32年。古着屋からセレクトショップ、そして『A BATHING APE®』のグラフィックデザインへと、何度も大きな転換を経てきた。
その根底にあるのは、師匠であるNIGO®氏から受け取った「ライフスタイルを追求する」という哲学だ。
“ライフスタイルって言葉にすると大げさに聞こえるけれど、すごく単純なことなんです。例えば、コーラをどうやったらかっこよく飲めるか。
缶じゃなくて瓶がいいよね、冷蔵庫でキンキンに冷やして水滴が垂れているほうがシズル感があって美味いよね、あのかっこいい椅子に深く腰掛けて飲んだら最高だよね……っていう。
そういう生活の細部を面白がり、突き詰めていくこと。それが自分の人生に反映され、デザインという仕事に自然と繋がっているんです”

クライアントワークは「合気道のダンス」
ボトルネックを削ぎ落とす思考法
ハイロックさんのクリエイティブは、強い作家性で突き進んでいるように見える。しかし本人のスタンスは、いたってシンプルだ。
“若い頃は「なんでこれが分からないんだ」と尖って揉めたこともありました(笑)。でも今は全くないですね。自分が赤だと思っていても、クライアントが青を望むなら、その青を誰よりも最高に美味しく料理する。
僕らの仕事は合気道みたいなものなんです。相手が引いたら押し、押してきたら引く。お互いに呼吸を合わせながらダンスを踊るようにして、クライアントにとって一番美しい着地点を見つけ出すのが僕の役割です。”

さらに、発信や制作を止めないための秘訣としてハイロックさんが強調するのが「ボトルネックの徹底的な排除」だ。
“昔、家の周りを走っていた時期があるんですが、ウェアに着替えてヘッドホンをつけて……と準備が多いと、めんどくさくなって走らない日が出てくる。だから私服のまま外に出てすぐ走るようにしたんです。
何かを始めたり続けたりするときに言い訳になる要素(ボトルネック)をどんどん削ぎ落とす。編集に時間がかかるならフォーマットをシンプルにする。やるべきことの摩擦をゼロに近づければ、人は自然と前に進めるんです。”
街の変化を誇らしく思う。
Uターンは「起こるべくして起きる現象」
近年、アートや建築で全国的な注目を集める前橋の街。生まれ育った街の変化について尋ねると、ハイロックさんはこう語った。
“率直に言えば、嬉しいしかないですね。自分はここから20代のように急上昇するというよりは、綺麗に平行線を辿りながら次の世代へバトンを渡していく年代に入っていると感じています。
だからこそ、自分たちより若い世代やアーティストが前橋という街を舞台に面白い作品を発表し、街を盛り上げている姿を見るのは本当に誇らしいし、頼もしいですよ”
“地方へ戻ることって、頭で計算して決断するというより、「起こるべくして起きる自然な現象(ムーブ)」なんじゃないかなと思うんです。東京から地元へ拠点を移すとき、僕自身も家族の環境、都会の喧騒に対する疲れなど、いろんな要素が重なって自然と足が向きました。
都会に出るときはある種の強い野心を持って飛び出すけれど、ローカルに戻るときはいくつかの条件が揃ったタイミングで素直に従えばいい。構えすぎずに、風が吹いたときに動けばいいんじゃないかなと思います。”
オフィスは第3章へ。
環境を変え、クリエイティブを更新し続ける
インタビューの終盤、ハイロックさんから驚きのプロジェクトが明かされた。現在入居しているデパート内のオフィスを離れ、新たな拠点への移転準備を進めているという。
ハイロックデザインオフィスの変遷をたどると——第1章はお母様が営んでいた前橋市内の喫茶店を改装したアトリエ、第2章はデパートのダイナミックな空間構造を活かした現オフィス。そして第3章は近隣の3階建て一棟貸しビルを丸ごとリノベーションする計画で、10〜11月の移転・12月始動を目指している。
“師匠のNIGO®さんも、自分のステージが上がる節目には必ず引っ越しをして環境をガラッと変えていました。スタッフのときは「また引っ越しですか…」なんて思っていたけれど(笑)、いざ自分が組織のトップになると本当に大変。
場所選びから資金、空間設計まで凄まじいエネルギーが必要です。でも、これもひとつの区切りとするなら、もう1回環境をリセットできるなんてラッキーだなと。
現在のデパートの空間が持っているスケール感を超えて、3階建ての一棟ビルでどんな新しいクリエイティブを生み出せるか。今まさに内装を仕込んでいる最中です”

型にはまらず飄々としているようで、じつは誰よりも泥臭く手を動かし続けるハイロックさん。前橋の路地に生まれる第3章のアトリエから、次の日常の提案が始まろうとしている。
「コーラをどうやったらかっこよく飲めるか」——ハイロックさんが語るデザインの原点は、どこまでもシンプルで純粋な日常への愛着でした。
最新のガジェットや洗練されたグラフィックの奥にあるのは、前橋の街で自転車を漕ぎ、雑誌を貪り、友人と企てを練っていた少年時代から続く「生活の解像度の高さ」そのものです。
前橋の路地にまもなく立ち上がる「第3章」のアトリエから、どんな新しい日常が生まれてくるのか、今から楽しみでなりません。

ハイロック(HIROCK)
アートディレクター・デザイナー。群馬県前橋市出身。地元でのアメリカ古着店運営や調理師専門学校での学びを通じ、Macintoshとの出会いをきっかけにデザイナーの道へ。
アパレルブランド『A BATHING APE®』のグラフィックデザインを担当したのち独立。Webメディア『Fresh News Delivery』の立ち上げなど、ガジェット・モノ・空間・グラフィックを横断するクリエイティブを展開。現在は前橋と東京の2拠点で活動している。
IG @hirock_fnd @chopstix_shop
RELATED STORIES
取材・掲載のご依頼もお気軽にご相談ください。



