金山 慎太郎 / 金山 杏菜
hengeni(ヘンゲニ)オーナー
前橋市の中心街、立川町通りと裏弁天通りの角に佇む築60年超のビル。そのドアを開けると、本棚に囲まれた空間と、金属を叩くかすかな音が響く。本屋・学び場・アクセサリー工房を兼ね備えた「hengeni(ヘンゲニ)」を営む金山慎太郎さんと杏菜さんは、教育や社会の現場で感じたある「違和感」をこう振り返る。
教壇と現場で見つめた「息苦しさ」と、退職を決意した日の覚悟
慎太郎さん進路指導の現場で、子どもたちの選択肢の幅がすごく狭くなっていると感じていました。漠然と『会社員』『公務員』と書くけれど、具体的にどんな仕事をしたいのかが見えていない。それは子どもたちが『世の中にどんな仕事があるか』を知る機会を失っているからだと思うんです。
昔なら地域の付き合いや三世代家庭、みんなでテレビを見る中で自然と多様な職業に触れられた。でも今はスマホのアルゴリズムによって、自分の好きな情報だけに閉じてしまっている感覚があります。
さらにSNSでは、成功した一握りのキラキラした人だけが画面に出てくる。子どもたちは『この人は特別な才能があるから』と諦めてしまい、自分の選択肢として現実味を持てなくなっていると感じていました。



子ども時代に出会う大人の種類自体が減っていますよね。私自身も習い事・学校の先生・親くらいとしか関わっていなかった。今の生活スタイルだと、近所のおじいちゃん・おばあちゃんとふらっと会うような『余白の時間』がなくなっていて、多様な世代の価値観を知るのが難しくなっています。
もう一つ問題意識を持っていたのは『いい子ちゃんでいなきゃいけない場面』の多さでした。成績のために先生の顔色を伺ったり、期待に応えようとしたり……。学校の仕組み自体は素晴らしいものですが、構造的に『期待を汲み取るいい子』を助長してしまい、それが価値観の固定化に繋がっているのではないかと感じていたと語る安定した教職やそれぞれの現場を離れ、この場所を立ち上げる決断をした背景には、お互いの原体験と絶妙なタイミングがありました。



経済的な不安はもちろんありました。でも、もともと定年まで教員でいるイメージは持っていなくて。学生時代に出会った魅力的な先生方は、教員以外の世界や海外経験を持っていて、その生き方の深みが子ども心にすごく魅力的に映っていたんです。
自分もそんな大人になりたいという思いが根底にありました。3年間担任を務めた学年を卒業まで送り出せたこと、異動のタイミング、前橋中心街の新しい変化の波など、奇跡的に重なったタイミングが『今だ』と思わせてくれました。



私も迷いはありました。大学時代に教育実習を終えたとき『自分は先生になれないかもしれない』と葛藤し、1年休学した経験があります。まさに私自身が『誰かの期待に応えようとするいい子』だったんです。
場を持った今も、これが正解だと決めつけず模索し続けていたいと思っています。ちゃんといいものを作れているか、自分自身に嘘をついていないか。常に問い続けながら進んでいきたいです。


『hengeni(変幻自在)』という思想と、3つの要素が紡ぐ役割
「変幻自在に生きられるように」という願いが込められた屋号の通り、施設内には本屋、アトリエ、そして2階の学び場「テラコヤヘンゲニ」という3つの顔が共存する。



僕が選んでいる『教科書の一歩先にある本』は、例えば国語の授業の一歩先にある『言語』の本だったり、社会科の一歩先にある『哲学や世界史の深い考察』の本です。塾生の子が手を伸ばして『文字がちっちゃい!』と戻すこともありますが(笑)、それでいいんです。
例えば『食から見るスペインの歴史』という本を今すぐ読めなくても、学校でヨーロッパの地理を習った時に『あ、あの本とつながるかも』と感じてほしい。知識を身につけるためだけでなく、『世の中にはこんなに知らない世界があるんだ』というワクワク感や『読書体力』を育めるラインナップを意識しています。





ジュエリーを身につけることで、その人が『一番好きな自分』になれたらと思って制作しています。オーダーメイドを受ける際は、単にデザインを聞くだけでなく、好きな音楽や風景の写真、大切にしている言葉といった抽象的な想いをじっくり聞くようにしています。
その人の深い部分に寄り添って形にすることで、自分らしくあれる選択肢や自信を届けていきたいですね。


さらに2階の「テラコヤヘンゲニ」では、既存の学習塾とは異なるアプローチが貫かれている。



私の卒論のテーマでもあったのですが、学校には『チャイムが鳴ったら席につく』というような暗黙の了解が存在します。テラコヤではその逆をやりたくて、あえて空間に時計を置いていません。50分という区切りではなく、自分の身体感覚で『今、集中しているな』という感覚を掴んでほしいからです。
大人が振り返ったときに覚えているのって『何を学んだか』以上に『どんな空間で、誰と過ごしたか』という記憶ですよね。子どもたちが純粋に『この場所が好きだ』と思える空間づくりを大切にしています。



本がすぐ手に取れる環境そのものが大きな装置になっています。2階には塾生が自由に読める本棚があり、休憩時間にギリシャ神話などを読んでいる子がいます。そこで触れた知識が学校の教科書とふと繋がる瞬間が生まれるんです。


築60年超のビルと、前橋中心街で紡ぐ「偶然の縁」
築60年超の空き家との出会いも、二人の直感が導いたものだった。



一番惹かれたのは、2階に温かみのある『畳』があったことです。寺子屋のような場所にしたい思いがあったので、パーテーションで区切られた白い空間ではなく、和の温もりがある畳の部屋が理想でした。空間を見た瞬間に『ここに本棚が来て、ここに机が置かれて…』とお互いにイメージが鮮明に一致したんです。





壁塗りは去年の8月に行ったのですが、エアコンもない中での作業だったのでとにかく暑くて大変でした(笑)。こだわりは、もともとあった昔ながらの型板ガラスや小上がりの雰囲気をあえて残したことです。設計士の方に提案いただいた1階の『本棚のトンネル』はとても気に入っていて、子どもたちがくぐっていく姿がとても愛おしいですね。
車社会である群馬において、あえて「歩いて立ち寄る前橋の中心街」に出店した理由について、二人はこう言葉を揃える。



街中には『ふらりと立ち寄る偶然性』があります。置いている本も、すぐ仕事に役立つ即効性のあるビジネス書ではなく、じっくり考える本や身の回りが面白くなる本を中心に選んでいます。



本を手に取るときって、何か悩んでいたり立ち止まっていたりするときだと思うんです。ちょっと仕事に疲れちゃったな、苦しいなと感じたときに、そっと手を差し伸べられるような場所でありたい。周囲にもこだわりを持ってお店やギャラリーを営む人が増えていて、街の熱量もすごく感じています。


変幻自在の未来と、自分らしく生きる人々へ



5年後、10年後に今の塾生たちが20代になって、『ただいま』と近況報告に帰ってきてくれるような場所にしたいです。テストの点数を上げること以上に、彼らが10年後にどう生きているかが大切。そのために本屋としても学び場としても魅力的な場所であり続けたいですね。



『サードプレイスを目指します』と自ら言うのは少し違和感があって、居心地がいいから自然と人が集まってきた結果がサードプレイスだと思うんです。自分たちが納得できる『ただただ居心地の良い場所』を追求し続けた先に、結果としてそうなれたら嬉しいです。
最後に、自分らしい生き方や働き方を模索し、一歩踏み出そうか悩んでいる人々へ向けてメッセージを送ってくれた。



後からしか、自分が選んだ道の価値や良さは分からないと思っています。だったら、目の前にある縁やチャンスを信じてタイミングをつかみに行くしかない。『やってみたい』ともやもやしているなら、今はそのタイミングなんだと思います。一歩踏み出した後は、それが良かったと思えるように全力でやっていくだけです。



世の中には『自分ではどうにもできないこと』と『自分で動かせる小さなこと』があります。私自身も最初はオンラインショップに1点作品を載せるだけですごくドキドキしていました。
大きなことを変えようとせず、自分が『面白い』と思える方向に、自分ができる本当に小さなことから動かしてみる。自分の気持ちに嘘をつかずに小さな一歩を重ねることが、結果的に未来を開くのだと思います。


金山 慎太郎 / 金山 杏菜
hengeni(ヘンゲニ)オーナー。ともに前橋市出身、群馬大学教育学部卒。卒業後、慎太郎さんは県内の中学校で3年間教壇に立ち、杏菜さんは雑貨店勤務や塾講師・カフェバイトを経験しながら彫金作家として活動。2025年11月、前橋市中心街に本屋・学び場・アクセサリー工房を兼ね備えた複合施設「hengeni(ヘンゲニ)」をオープン。夫婦それぞれの視点を掛け合わせ、子どもから大人までが固定化した価値観を解きほぐせる地域のサードプレイスを運営している。
hengeni(ヘンゲニ)
群馬県前橋市(立川町通りと裏弁天通りの角)
本屋・学び場・アクセサリー工房
営業時間 木・金 12:00-17:00、土・日 12:00-18:00 定休日 月-水
IG HENGENI BOOKS、hengeni handmade jewelry、テラコヤヘンゲニ / 前橋個別指導塾
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