100年の伝統を未来へ紡ぐ。群馬の鍛冶屋が挑む

山崎製作所 5代目


明治40年創業、100年以上の歴史を紡ぐ鍛冶屋『山崎製作所』鳴り響く火花の奥で、何代もの職人が「究極の使いやすさ」を求めて叩き上げてきた鉄には、100年分の絶対的な正解が宿っています。今回は、「最初は伝統を継ぐなんて意識していなかった」とフラットに語る5代目オーナーのルーツから、当事者だからこそ仕掛けた優しいイノベーション、そして職人の泥臭い美学に迫ります。

5代目と山崎製作所との出会いは、前職の溶接経験を活かせる場を探す中で訪れた、自然な巡り合わせでした。当初から「鍛冶屋」という特殊な世界に対して強いこだわりがあったわけではありません。しかし、一人の職人として目の前の仕事と実直に向き合う日々が、途絶えかけていた工場の歴史と5代目の歩みを、運命のように結びつけていくことになります。

5代目 上原 考一さん

”とにかく工場であるような、決められたひとつの作業を繰り返すのが身体に合わなくて。それよりも、0か1の状態から完成まで、すべての工程を自分の手で作り上げられる仕事がしたかった。そういう場所を探している中で見つけたのがここでした”

始まりは至ってシンプル。しかし、毎日鉄と向き合い、火花を散らし、伝統の技を身体に染み込ませていくプロセスの中で、彼の心境に変化が訪れます。

”やっていくうちに、どんど中のめり込んでいっちゃって。ああ、これは自分が引き継いで、絶対に後世に残さなければいけないものなんだなって。”

真剣な眼差しで答える5代目 上原 考一さん


少数精鋭で動く現在の山﨑製作所において、5代目の隣にはいつも妻の姿があります。引き継いでから一緒に現場に立つようになった彼女は、農具に温かみを添え器用に仕事をこなす職人の一人。

「一人でやるのには限界があるから、本当に助かっています」と語る言葉からは、二人三脚で伝統を守る強い信頼関係が滲みます。

山﨑製作所が最も大切にしているこだわり、それは農具としての「圧倒的な壊れにくさ」と「異次元の切れ味」です。特に畑の管理に欠かせない「草かき(草削り)」において、その違いは顕著です。世間一般では、草かきといえば力任せに土の表面をごしごしと削り取るイメージが強いですが、山﨑製作所の道具は違います。刃先が鋭く叩き上げられているため、力を入れずとも地面を滑るように「スッと」草が切れていれています。

実際に農具を作っている様子
農具が完成して、仕上げのシールを貼っている様子


イベントや物産展で初めてこの道具に触れたお客様は、その圧倒的な軽さと切れ味の違いに皆一様に感動するといいます。

”土を耕す万能鍬や備中鍬は強度と重さが命ですし、草かきは角度が命。100年以上の年月をかけて、何代もの職人が試行錯誤して作ってきたものだから、『この角度、この刃の付け方、この叩き方』が結局一番使いやすいんです。僕自身、工場の近くで家庭菜園をやって自作の道具を試すんですけど、使うたびに『ああ、やっぱりこの昔ながらの形が究極の完成形であり、大正解なんだ』って再認識させられますね”

昔ながらの製法を守りつつも、5代目は現代の市場に合わせた柔軟なハイブリッド体制を整えています。すべてを当時のままの手作業で行えば、製品は手が出ないほど高額になってしまう。

だからこそ、品質の肝となる部分は職人の手で叩きつつも、一部に機械を導入してコストを抑え、「しっかりと数を出し、多くの人に届く価格」で製造するバランスを追求しているのです。

さらに、時代の変化に合わせた視点の切り替えも行っています。メインの顧客である農家の高齢化や減少を見据え、「軽くて小回りが利くものが欲しい」というシニアの声に応えた軽量化モデルを新しく開発。畑を持たない若い世代に向けて、家の庭の手入れや「ガーデニング」の文脈で農具を提案し、イベントを通じて新たなファン層を急速に拡大しています。

伝統の技術を現代のライフスタイルに溶け込ませる、職人の遊び心とアイデンティティがそこには凝縮されています。

近年、すべてのローカルビジネスが直面している原材料費や燃料費の物価高騰。山﨑製作所もその荒波の例外ではありません。「徐々に、しかし確実に上がっていく」という厳しい現実の中で、5代目はただ価格を見直すだけでなく、そのバランスに深く向き合っています。

”単にコストをそのまま価格に転嫁するのではなく、私たちができる経営努力や工夫で吸収できる部分は無いかを常に考えています。いつも頼りにしてくださる地元の皆さんや農家の方々が、これからも安心して山﨑製作所の道具を使い続けられること。

そして、私たちがこれからも持続可能な形で良いものを作り続けられること。その双方にとっての『最適な調和点』を、日々真摯に探りながら価格を設定しています。”

手軽に使い捨てができる工業製品とは違い、山﨑製作所の農具は鉄に魂を込め、時間と想いを費やして生まれるものです。

だからこそ、大量生産品に比べればどうしても価格の差は生まれます。

しかし、その価格の裏側には、100年の歴史と職人の覚悟が詰まっています。

熱を加えて、形を整えている様子

”決して手軽に買えるものではないかもしれないけれど、僕たちの思いが込もっている道具だからこそ。

手にしてくれた方には、その温もりを感じ取ってもらって、手入れをしながら大事に、長く使ってほしいなと心から願っています”

安中市上後閑の小さな工場から生まれる鉄の道具たち。

それは、効率化ばかりが叫ばれる現代において、私たちが忘れてはならない「モノを大切にする豊かさ」を、その鋭い切れ味とともに教えてくれているのかもしれません。

農具の一部を削っている様子

取材を終えて
地方の数ある伝統工芸や老舗が「後継者不足」に悩む今、血筋ではなく、一人の従業員としてののめり込みから歴史を繋いだ山﨑製作所の物語は、ローカルの未来に大きな光を投げかけているように感じます。


「0から1まで、すべての工程を自分の手で作りたかった」 始まりは伝統を守るためではなく、自らのモノづくりへの渇望でした。それが鉄を叩くうちに、いつしか「自分が残さなければいけないもの」へと昇華していくプロセスは、一人の人間が職人へと変わっていくドキュメンタリーそのものでした。


上原 孝一
山崎製作所 5代目。伝統的な鍬や草削りの製造から、

現代のライフスタイルに合わせた新しいガーデニングツールの開発まで幅広く手がけている。

山﨑製作所
群馬県安中市上後閑434 
明治40年に創業し、100年以上続く鍛冶屋
IG @yamazaki_kajiya