
飯野 勝利 さん
Iino Katsutoshi ー 株式会社マルキ 代表
群馬県高崎市に拠点置く「株式会社マルキ」代表
宮大工の技術を継承し、地場産材100%の注文住宅を手掛ける。
群馬県古民家再生協会を立ち上げ、伝統見地の保存・再生にも尽力している。
榛名山の豊かな裾野に位置する「株式会社マルキ」の作業場に足を踏み入れると、
まず鼻腔をくすぐるのは、力強くも優しい「木」の香りです。
そこには、現代の効率至上主義とは全く異なる、ゆったりとした時間が流れています。
代表の飯野勝利さんは、淡々としかし熱を帯びた声で語り始めました。
飯野さんの語る「家づくり」は、単なる住宅建築の枠を遥かに超え、日本の国土、歴史、そして失われゆく職人技術の「継承」という壮大な物語へと繋がっています。
海を越えて「本物」を求める人々
マルキの作業場には、ときおり不思議な来客があります。
フランス、フィンランド、イギリス、トルコといった異国から、若き職人やクリエイターたちが吸い寄せられるようにやってきます
つい先日も、イギリスで家具作りを学んでいたという若者が来ました。
彼は観光に来たのではありません。自分のインスピレーションを形にするために、日本の伝統技術を学びたいと、SNSを通じてうちを見つけてやってきたんです。
彼らは一様に、マルキが発信している「手作業の動画」に目を奪われて来日します。
そこには、最新の機械では決して真似できない、木の性質を見抜き、ノミやカンナを操る「生きた技術」があるからです。

飯野さんは、こうした海外からの視線を歓迎しつつも、その本質を冷静に見極めています。
外国の方が日本の良さを発信してくれるのは素晴らしいことです。
でも、僕たちの真の目的は『一過性の交流』ではありません。この技術を、日本の若い世代に繋ぐことです。
技術の継承とは、マニュアルを渡すことではなく、人が、人の手から受け継いでいくものですから
5年、10年、15年。木が「家」になるまでの待機時間
マルキの敷地内を歩くと、整然と積み上げられた膨大な量の木材に圧倒されます。
「どちらへ行けばいいのか迷う」ほどの在庫ですが、これらは単なる資材ではありません。数年、時には10年以上の時をかけて「眠っている」のです。
今の家づくりは、あまりに安易です。
丸太を挽いて板にすれば、すぐ使えると思っている人が多いですが、本来、木を建材として使いこなすには、乾燥に2〜3年、物によっては5年、10年という歳月が必要です。うちにあるのは、15年前に仕入れ、じっくりと養生させてきた材料になります。

飯野さんは、自らの目で選んだ丸太を買い付けます。
異なる木の性質を把握し、1年分、あるいはそれ以上の量を纏めて仕入れます。
建築会社や設計士の多くが、実は『木』のことを知りません。
集成材を使えば数字上の強度は出ますが、それは果たして本当の意味での『家』なのでしょうか。僕は、お施主さんが来たときに、その方のための図面を思い描きながら、『あの木を使おう』と、在庫の中から選んでいくのです。
そこには、既製品を組み立てるような現代の建築とは一線を画す、素材への深い敬意があります。
城への憧憬と、首里城再建へと続く系譜
飯野さんの建築への情熱は、幼少期にまで遡ります。
子供の頃、僕が描いていたのはお城の絵ばかりでした。
天守閣、そして石垣。なぜかわからないけれど、古い建物、特に城という存在に強く惹かれていたんです。

その情熱は、やがて飯野さんを「宮大工」の世界へと突き動かしました。
飯野さんは、200年前の古民家を一度解体し、再び組み上げる「移築再生」という極限の現場を経験します。
僕がかつて師事した親方は、いま、焼失した沖縄・首里城の再建工事で棟梁として指揮を執っています。
共に汗を流した仲間たちが、日本の象徴を蘇らせる最前線にいる。
技術を継承するということは、単に家を建てることではなく、日本の歴史的資産を守る力を養うことでもあるのです。
その「宮大工の眼」を持つ飯野さんにとって、住宅建築は一切の妥協が許されない聖域です。
現代の暮らしに合わせつつも、その根底には数百年を耐え抜く寺社の技術が息づいています。

建築は「歴史の証言者」である
飯野さんのお話は、建築の技術論に留まらず、群馬という土地の歴史へと広がっていきます。
飯野さんは15年前、「群馬県古民家再生協会」を立ち上げ、前橋市などの依頼で古い建物の調査を行ってきました。
群馬の古い建物を調べると、その土地の役割が見えてきます。宿場町には参勤交代の大名が泊まる『本陣』があり、その周辺には商人たちの『蔵造り』がある。一方で郊外に行けば、巨大な『養蚕農家建築』が残っている。あれは単なる家ではなく、蚕という命を育てるための工場であり、当時の豊かさの象徴でした。
かつて群馬の麦畑は、すべて桑畑でした。蚕が経済を支え、
しかし、エネルギー革命と共に木材や薪の価値が変わり、山は放置され、歴史ある建物も姿を消しつつあります。
建築はその街の証です。なぜこのデザインなのか、なぜこの場所に建っているのか。歴史的な背景を知ることで、初めて『この土地にふさわしい家』が見えてくる。僕は、ただ新しいものを作るのではなく、その土地のルーツを汲み取った建築を残したいと考えています。

山の崩壊、そして「人間と自然」の再編
飯野さんが国産材、特に地場産材にこだわる理由は、ノスタルジーではありません。
それは切実な環境問題への危機感から来ているのです。
いま、山にクマやシカが降りてきてニュースになりますが、あれはクマが悪いのではありません。人間が山を放置した結果なのです。かつて山はエネルギーの宝庫でした。枝一本まで薪として拾われ、山肌には光が差し、草が生えていた。だから地滑りも起きなかったのです。
安価な外国産材の流入により、日本の山は価値を失い、管理されなくなりました。
日光が入らない暗い森では、下草が生えず、土壌が痩せ、災害に弱い山へと変わってしまいました。

地元の木を使うことは、山に光を入れることです。僕たちが100年の木を使い、また次の木を植えるサイクルを作る。それが、この地域の風景と安全を守る唯一の道なのです。家を建てるということは、その地域の環境を育むことでもあります。お客様には、その誇りを感じてほしいをぜひ感じて欲しいですね。
伝統を「数字」で超える。マルキの挑戦
「和風の家は寒い」「古い技術は地震に弱い」——そんな誤解を、飯野さんは真っ向から否定します。
僕が作る家は、デザインは和の趣を大切にしますが、性能は最新のハイブリッド車のようなものです。断熱性能も耐震等級も、遥かに凌ぐ数字を叩き出しています。今の若い世代は数字に強いですから、僕は感覚だけでなく、確固たるデータで『この家は100年持つし、冬暖かく夏涼しい』ということを証明しています。
日本の伝統的な「適材適所」という教え。水に強い「サワラ」を桶に使い、
土台には「ヒノキ」、梁には「赤松」を使う。こうした先人の知恵を、現代の物理学と融合させています。

世の中には『木目調』の偽物があふれています。でも、本物の無垢材は呼吸をし、動き、そして馴染んでいきます。
その性質を抑え込むのではなく、特性を見抜いて生かすのがプロの仕事です。
次世代へ、大工の「誇り」を繋ぐ
現在、マルキでは若き職人たちの育成に力を入れています。
飯野さんが動画配信を続ける最大の理由は「採用」にあります。
大工という仕事の面白さ、奥深さを知ってほしいです。
来春からも、熱意ある若者が一人入ってくる予定です。職人の世界は、10代、20代の瑞々しい感覚が重要です。
水平を感じ、垂直を掘り、木の声を聴く。その感覚は、若いうちにしか養えないものがあります。
飯野さんは、さらにその手前の世代、子供たちへの教育も見据えています。
いま、子供たちの習い事はスポーツや塾が多いですが、僕は『木工教室』をやりたいと考えています。
自分の手でノコギリを引き、木に触れ、何かが形になる喜び。
地元の木を使って小屋を建てる。そんな原体験があれば、いつかこの街の風景を守る職人が育つかもしれません。

結びに ── マルキという「生き方」を選ぶということ
飯野勝利さんとのお話は、時計の針を逆回転させ、
同時に遠い未来を見据えるような、不思議な感覚に陥ります。
マルキで家を建てること。あるいはマルキで働くこと。それは、単なる消費や労働ではありません。
それは、15年かけて乾かされた木材に触れ、数百年続く技術の列に加わり、群馬の山の未来を共に背負うという「意志」の表明です。
安くはないかもしれません。でも、適正なことを、適正な時間をかけてやっています。
100年後の誰かがこの家を見たとき、『いい仕事がしてあるな』と思ってもらえる。そんな仕事を、この榛名の麓で続けていきたいです。
飯野さんの背中の向こう、作業場ではまた一つ、鋭いノミの音が響きました。
その音は、過去と未来を繋ぐ、確かな鼓動のように聞こえました。

所在地 群馬県高崎市(榛名山麓)
事業内容 注文住宅(地場産材100%)・古民家再生・製材
特徴 宮大工の技術を継承した職人による家づくり
Web 公式サイトはこちら
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所在地 群馬県高崎市(榛名山麓)
事業内容 注文住宅(地場産材100%)
古民家再生・製材
特徴 宮大工の技術を継承した
職人による家づくり
Web 公式サイトはこちら
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取材を終えて
飯野さんのお話を聞いていて最も印象的だったのは、彼が「木」を単なる材料ではなく、一つの「命の記憶」として扱っていることでした。15年という養生期間を経て、ようやく柱になる木。その背景には、山を守る人、運ぶ人、そして刻む人がいます。もしあなたが、「本物」に囲まれた人生を歩みたいと願うなら、一度、榛名の麓にあるこの作業場を訪ねてみてください。そこには、忘れかけていた「ものづくりの真理」が、静かに、しかし力強く息づいています。
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